その名はNO.5

イキグサレファーストを公開してPerfume追いかけ始めた頃、まだ漫画の二次創作活動続けていましてバンドも継続中でした。どういう経緯かは忘れましたが新しいメンバーが加入する事に。このバンド、梅澤作品にちなんだバンドネームをつけるのが決まりで私は敵バンド「サイクロプス」のリーダー、JJ。架神くんは元々「無頼男」のスタンガンダンスで有名なキャラから取っていたのでそのまま。あとグリード様やバラキなんてのがいました。加入した彼は暴走族「ミリオン」の熊からとって「NO.5」と名付けられました。

NO.5、凄く若いです。どれくらい若いかと言うと深夜、私と二ケツでチャリンコ乗っていたら呼び止めた警察が「え、えーと・・・親子?」と言うぐらい若いです。しかし非常に映画、漫画、ゲームなどに造詣が深く特にホラー物に強い。私たちはすぐに意気投合して頻繁に飲むようになりました。いやあ「フランク・へネンロッターが」とか「ユング・ブットゲライトの」とか言っても普通に会話が通じる友人は初めてでしたw

彼にイキグサレの事を話してみると「凄く面白い。今やってる二次創作よりもこっちの方が面白いしやる価値がある」と言ってくれました。イラストなどのビジュアルで悩んでいるといったら「それじゃ俺描きますよ!」と言ってくれ、どうやってイラスト描けるようになるか聴いたら「マネすりゃいいんですよ!ボールペンとか鉛筆で線描けるんなら描けますよ!」と言います。なんてスゲエ奴だと思いました。

その後もネタに詰まったとき相談したら「クトゥルフ物なんでどうっすか?」と言われ「ステキな呪文」が出来、Jホラーや小中千昭さんの事を教えてもらってサードアルバムの構想の元になったりかなり助けられました。そしてセカンド完成、公開と共にHPもリニューアル。彼のイラストをドーンとのせアイドル色を打ち出します。イキグサレではNO.5はイキグサレ専属カメラマン「一ノ瀬屠殺彦」となりました。

とにかくイキグサレ初期の頃には色々助けられました。しかし、それよりなによりイキグサレがニコニコでプチブレイクするまでイキグサレの理解者は彼しかいませんでした。いや本当に一ノ瀬屠殺彦がいなかっらたイキグサレ、ファーストだけで終わっていたと思います。

テクノポップ地獄

今日は相続の手続きのため税理士事務所へ。父が亡くなってから各種手続きずっとやっているんですがまだ終わりません。人一人死ぬって事はなかなか大変な事だなと思います。

イキグサレ、アイドル路線で行くと決めたものの良く考えたら私アイドルのこと全然知らないんですよね。私の世代、アイドル黄金期と重なっているんですが素直にアイドル見てたのは小学校低学年まで。ピンクレディーの頃です。それからはアイドルにキャーキャーいっている同級生を冷ややかな目で見ていました。そんなアイドル文化に触れてこなかった私がアイドルに抱いているイメージは、そこそこ可愛い女の子があまり上手くない歌とダンスを披露しててピンクのハッピ着た男共がペンライト振って群がっている。その程度の認識でした。

ある時、彼女(現妻、いちいち表記するのめんどくさいから妻と表記しちゃいます)が「日曜日行きたい所あるから付き合って」と言ってきました。どうも見てみたいアイドルイベントがあるようです。妻と出会ったのは漫画のオフ会。私も妻も漫画オタクなんですが他の趣味はかなり違っていまして。私は怪獣映画やホラー映画、怖い話が大好きで妻はホラー系大嫌い。妻も色々多趣味な人でアイドルオタクという側面もありました。妻が言うには「上京してきたばかりの中学生でまだメジャーデビューもしていない。もしかしたらお遊戯みたいなレベルかもしれない。でも凄く評判良いし亀戸のショッピングモールの催し物ステージだからタダで見れる」という事でした。亀戸なら電車で数駅だし行ってみる事に。

ステージ見た結果、度肝を抜かれました。キレッキレのダンス。曲もテクノ風でカッコイイ。とにかくショーとしての完成度が凄く高い。「えー!今のアイドルってこんなんなってんの!?」とビックリ。これをタダで見せてもらって良いのかと思いました。完全にアイドルの認識が変わりました。イキグサレもアイドル路線でやるならビジュアル、ダンス共に一切の妥協は許されないと思いました。完全にスイッチ入りました。この時見たアイドルはデビュー前のPerfumeです。

それからというもの毎週日曜日は亀戸いってPerfume見るのが定番になりました。亀戸に出演しなくなってもイベントやライブにいきました。それで気付いたんですが別に今のアイドルのレベルが上がっている訳ではなくPerfumeのレベルが高いだけだったようです。しかし「せめてPerfumeレベルまでイキグサレ高めないと!」と勘違いしてしまいました。もう後へは引けませんw

まったくの余談なんですが、それから数年後Perfumeは「ポリリズム」でブレイク。全国的にメジャーになりました。それは応援してきたファンとしては嬉しい事でしたがマイナー時代同じような位置にいた他のグループ。二匹目のドジョウを狙ってみんなテクノポップグループになってしまいました。独自性は消えPerfumeの劣化版になり消えていきました。アイドルの世界恐ろしいです。そして軸がぶれるとどうなるか、まざまざと見せられました。イキグサレも迂闊に流行り物に乗っからないように気をつけますw 

イキグサレ誕生

今日は妻が仕事で遅く私が夕飯の用意。子供に食べさせ風呂に入れて寝かしつけて「さあブログ書くぞ!」と思ったら長男が軽い喘息の発作。まいるぜ!

女声を自分で作れるという事は私にとって大発見でした。わざわざ女性を呼んで録音しなくてもいいし、どんなエゲツない歌詞でも嫌がらないし。時間的制限や気を使って作品のレベルを下げるなんて事が全部解決です。とりあえずバンドの時やり残したシーケンサーで作った曲を生楽器で復活。いままで一曲ずつ公開していたけど、このプロジェクトはアルバム単位での公開。公開先はネット。ここまではすんなり決まったんですが、まだ問題はあります。

まず、このまま曲を公開したところで誰も聴いてくれないだろうと。二次創作とオリジナルではまったく勝手が違う事は容易に想像できます。いくら曲に自信があっても何か付加価値がないと誰も振り向いてくれないだろうと考えました。後、やっぱり歌声。「本当は男が歌っているんですよ」なんて事を売りにするつもりはないし、わざわざ言うつもりもありません。となると、ただの歌の下手な人になってしまいます。なにかこの歌声である事に説得力が欲しいと思いました。

「アイドルって事にしてみるか」ふと、そう考えた瞬間、過去デザインしたあの奇形のような妖怪のようなキャラが頭に出てきました。ピキーンと一気にひらめきます。見ようによっては可愛く見えるしインパクトも十分。下手でもあの歌声をこの子たちが歌っていると思えばなんだかよく似合っていると思えてきます。完璧じゃん!!と思ったんですが「いや、やっぱ無理だろう」と。

アイドルと言う事になればビジュアルは重要。しかし私は人様に見せられるようなイラストは描けません。またダンスやライブも必要。動画や振り付けなんて作り方全然わかりません。今から勉強するにしても労力が掛かりすぎます。もっと現実的に出来る事にしようと考えました。

代案として考えたのは「バンドやヴォーカルなんて言う言葉で何も知らない女の子を引っ掛けてエゲツない歌詞の歌を歌わせて喜んでいる変態オヤジ」というもの。これだったら出来そうです。しかしアルバムが完成に近づくにつれ「これじゃない」という思いが強くなります。やっぱりアイドル案。最初のアイデアの方が断然面白い。どうしようかかなり悩んでいました。

とりあえず、プロジェクトの名前をつけようと思いました。イメージは決まっていて日本語でカタカナで五文字。「ハナタラシ」とか「アブラダコ」とか「村八分」とかそんな感じ。昔私が作った曲で「発病」というのがありまして詩の一節に「生き腐れの病」と言う部分があってそこから「イキグサレ」に決定しました。名前が決まったら頭の中で「じゃあ、あいつらは一つ目、二つ目、三つ目だからイキグサレ一号、二号、三号だな」とか「イメージカラーは赤青黄かな」とか勝手にアイドル案前提に考えてしまっています。これはもう駄目だと腹を括りました。アイドル案で決定です!

アルバム完成したのでネットにアップしたんですが、イラストも何も用意できていないのでファーストは曲だけアップという寂しいデビューになってしまいました。

女性ヴォーカル、ゲット!

長男がメソメソ泣きながら「学校行きたくない」と言いだして「イジメか!?」と焦ったんですが、よくよく話し聞いてみたらただの「サザエさん症候群」でした。小学2年でもなるんですね・・・。

今日もまたマンガの二次創作していた時の話なんですが、オフ会で「そこそこ歌に自信があるよ」という女性がいらっしゃいまして。それならばと「是非歌録りお願いします!」と了解を得て女の子が歌うのを前提とした曲を作り始めました。さあ後は歌録りだけだ!と言う段階で諸事情によりその企画はポシャってしまいました。しかし、オケは二曲も作ったし没にするのは嫌だったので何とかできねえかなあと考えた結果、苦肉の策ですね。自分で歌って音程を高くするというのを思いつきました。

テープを早回しすると「ケロケロケロ」と高い声になるじゃないですか。ああいう感じで男声で録音した物を加工すればどうにか女声に出来るんじゃないかと考えたわけです。まず、男声でブリブリに歌って録音してみます。そのままの音声聴く気にならないので音程を加工して聴いてみます。それでも物凄く気持ち悪いです。諦めずに何回か録音しているとある事に気づきました。気合や感情をこめて歌うとどうしても男っぽい所が出てしまうと言う事に。そこで棒立ちになって死んだようにただ音程と歌詞だけを追って歌ってみたら、気持ち悪いは気持ち悪いんですが女性が歌っているように聞こえなくもない?という感じにまで持ってこれました。そしてコーラスを歌詞が聞き取れないギリギリまでかけて、イコライザーいじくりまくって、リバーブ深くかけてみたら、なんとかごまかせるぐらいにはなったんじゃないかと。

ネットにアップしてみたら男が歌っていると気付く人はほとんどいませんでした。 ほっとしたのと同時にあることに気付きます。

「俺、ベース、ギター、ヴォーカル、女性ヴォーカル全部一人で出来るようになったぞ。過去シーケンサーで作った曲、今だったら一人で復活できるじゃん」と。

俺は敬虔なアバル信徒だぜーー!!

今日は土曜日。ずっと子供がいて時間が取れなかったんですが息子は遊びに行き娘は習い事に行きました。この時間が唯一の更新のチャンスです!

「ソードブレイカー」。作者は梅澤春人先生。梅澤先生は「BØY」や「無頼男」などで人気を博したいわゆるヤンキー漫画を得意とする漫画家さんです。しかし連載されていたのは少年ジャンプ。そこに描かれているヤンキーは実に破天荒で狂っていました。暴走族の幹部になぜか熊がいたり、殺人野球を仕掛けてくる野球チーム、大蛇をけしかけてくるお坊ちゃん、硫酸大好きパンクバンドなどなど。そんな梅澤先生の新連載が「ソードブレイカー」でした。なぜかヤンキー漫画ではなくファンタジー漫画です。

読んだ感想は「あー十週打ち切りだな」でした。しかし、一話ではファンタジー漫画なのに敵はヤンキーで異世界に飛んでも出てくる敵兵士や魔人もヤンキー口調。なんだか実に珍妙な読みごたえ。そして2CHのスレを見たら、その珍妙さがネタとして格好の題材でネタ、ネタ、ネタのオンパレード。大爆笑しました。スレの面白さだったらアイシールド21の100倍は面白かったですw よくネタにされている物に前作「無頼男」の敵バンド、サイクロプスがうたう「デストロイーー!!」と叫んでいる歌がありまして「これに曲つけたら大うけするんじゃないかな」とアイデアが出ました。しかしこんなの作るのに付き合ってくれる知人はいません。「じゃあ全部自分でやっちまえ!サイトもつくっちまえーー!」と初ヴォーカル曲作り、始めてネットに曲をアップしました。

局地的でしたが反応は上々、クソ漫画ネタ漫画愛好家界隈では結構話題になりました。気を良くしてドンドン曲を作ってアップしまくり、ネタを求めて早売りジャンプ買ってくる始末。ネタでどうしても女性の声が必要になって声を録音させてくれる女性ゲットするためオフ会開いたりもしました。このオフ会なぜか人が集まるようになって定期的にやるようになりました。私はこのオフ会で声を録音させてくれる女性どころか彼女(現妻)をゲットしましたw

「ソードブレイカー」は案の定十週で打ち切りだったんですが狂騒は収まらず過去作をネタにした曲をバンバン作ります。当時、ジャンプ感想サイトで有名だった「男爵ディーノ」というサイトの管理人、 架神恭介という男が「これのコピーバンドやりたいなー」と言っているのを発見し「じゃあ本物とやろうぜ!」とバンド組みました。この.架神恭介と言う男、一癖も二癖もある奴で現在は作家、漫画原作者として活躍しています。当時頻繁にネットラジオをやっていて私もしょっちゅうゲスト出演していました。みんなで酒飲んでネタ漫画の事を大笑いしているだけなんですが凄く楽しかった。

この時、私は32歳。この年でいきなり青春謳歌してしまいました。とにかく楽しくて楽しくて。でもなんか違うと思ってきました。俺やりたかった事って漫画ネタだったっけか?と。

 

ファンロード知ってる?

さてさてPC買ってDTM始めたんですがバンドは解散、いまいち曲作りのモチベーションも上がらず悶々としていました。で、せっかくPC買ったんだからネットでも見てみるかと思いました。当時流行っていたFLASH作品や2chを一通り見て大笑いした後、気がつきました。「ネットってつまりファンロードなんじゃねえの?」と。

ファンロードと言うのは私が中学の時購読していたアニメ雑誌で、その誌面のほとんどが読者投稿で出来ているというのが特徴です。漫画のパロディや悪ふざけばかりで中学の私は大笑いして読んでいました。投稿が高頻度で掲載される投稿者は常連と呼ばれファンがついたり編集者と台湾にツアー行ったりしてなんだか凄く楽しそうに見えて、自分も漫画描ければこの人たちの仲間になれるのになぁなんて思っていました。この雑誌のノリとネットでみる作品や2CHでの悪ふざけのノリは非常に近いと思いました。漫画やイラストは未だに描けないけど曲は作れるようになりました。なんかやってやろうかなと言う気分が湧いてきました。

そんなとき少年ジャンプで「アイシールド21」の連載が始まりました。読みきり読んだとき村田雄介さんの漫画技術の高さにビックリした記憶があって評判はどうなんだろうと思って2CHのスレを覗いてみました。ついでに同時期始まった「ソードブレイカー」という漫画のスレも見てみたんですが・・・。続きは明日で!

ポップで行こう!

自分の時間、取れるようになって来ました!まずは、あきばお~こく様から追加発注された分のCD製作しなくては。暫くCD焼くのとブックレット製作に精を出します!

作曲始めたころバンドもやっていました。兄弟子のギタリストの方と同じく兄弟子の軽く障害があるヴォーカル志望の男性。その男性の知り合いのドラマーというメンバーでぶっちゃけヴォーカル曲は何ともいえない感じだったんですがスタジオではジャムセッションが主で楽器演奏の面ではいい修行になりました。「ウェザーリポート」の「ティーンタウン」やジャコの「ザ・チキン」なんて弾いてたんですから、ベーシストとしてはこの頃が一番上手かったと思います。

あるときギタリストが女性を連れてきました。職場の同僚でバンドに興味があるという事でした。その人と意気投合して別バンド立ち上げました。とはいってもその方はまったくの初心者でギター経験も浅いです。しかし度胸とパワーが凄かったのでなんとかなるだろうと。女性とバンド組めるなんてそうそうないですからね!そして私にはある野望が。自作曲でバンドやると言う事です。いきなりプログレ的な曲は難しいと考え狙うはニューウェーブ。XTCのような歪んだポップで行こうと決めました。

このとき初めてギターに向き合いました。「俺はベーシストだから関係ないね」と思っていたんですが、曲を作り初心者でも弾けるような簡単な運指で弾ける様にアレンジし、なおかつハーモニー的にもダサくならないようにする。そんな作業していたら「あれ?俺ギター弾けるじゃん」となりましたw ソロは未だに下手だなと思うんですがカッティングはやっていて楽しいしベースでつちかったビート感を生かせて結構いい感じなんじゃないかなと。

このバンドは私的には成功でした。気に入った曲も幾つか出来たしライブも出来たし。そして女性ヴォーカル曲を作るのが凄く楽しくなりました。いままでプログレ野郎で大作思考だったのが、一見軽く聞こえるポップに毒や怒りを混ぜるやり方が面白くて。後、生楽器で曲を作る楽しさ。MIDIで電子音だけ扱っているより断然楽しい。曲作りの機材をシーケンサーからカセットを使うMTR〈マルチトラックレコーダー)に変えました。しかしそれでも物足りずついにMacを購入しました。DTMデビューです。次の企画はシーケンサーで作った過去曲を生楽器で作り直して歌を入れて貰うというものでした。しかし「鋸引き」録音したところで諸事情によりバンドは解散。心残りがある結果になりました。

しかしこの企画が上手く行っていたらイキグサレで発表するはずの曲がこのバンド名義になっていたんですよね。なんだか感慨深いです。ちなみにこの時録音した「鋸引き」のテイクのオケはファーストの物と同じですw

作曲はじめました

今日は久々に酒飲みながら更新です。支離滅裂な文章になったらすみません。

師匠の下で勉強始めたころは与えられる情報量が多すぎて、それを処理するのに精一杯でした。でも理論もある程度覚え、ベースもそこそこ弾けるようになってくるとやっぱりやりたいのは作曲。最初は確かラジカセ二台使って多重録音で曲作りしたと思います。当然良いものは出来ません。だって最初からプログレみたいな大作作ろうとしているんですからw 「なんて俺は才能無いんだ」と打ちひしがれてなんか恥ずかしくて音楽聴けなくなっちゃったりしました。そんな時、師匠が「凄くいいシーケンサー出たから買いなよ」とヤマハのQY20を進めて来ました。シーケンサーって言うのはザックリ言うと演奏情報を打ち込む機械でシンセサイザーなどの音源につなぐと自動演奏してくれるというもの。QY20は弁当箱ぐらいの大きさで音源も入っています。これだったら店番しながら出来るぜ!と即買いしました。それから寝ても覚めても仕事中もシーケンサーいじって一曲作りました。題名は「逆さ女」。これは師匠にも好評で完全に自信を取り戻したと言うか調子に乗りました。シーケンサーでガンガン曲を作り始めました。ついでに作詞もやっちゃおうと誰が歌う訳でもないんですが作り始めました。この時出来たのが「鋸引き」「鰯ミサイル」「蟲寄せの歌」などのファーストの曲です。この時期に本格的に曲作りの面白さに目覚めました。

師匠の事

昨晩は子供寝かしつけてたら一緒に寝てしまいました!今日は二個記事書かないとw

さて寺から帰ってきて本気で音楽やろうと決心した訳ですが教則本やタブ譜見ながらベース弾いてても一向に上手くなる気配がなく曲作りなんて夢のまた夢。そこで誰かに教えてもらおうと思いました。当時、ネットなんか無く調べようがなかったので街に貼ってあったギター教室のポスターを頼りにそこに行ってみました。

しかし、そこでもやっている事は教則本を買わされそれを弾いているだけ。自分でやっている事と大して変わりません。教員も「なんでベースなんてやっているの?ギター弾ければベースも弾けるよ」なんて言ってきます。いくら知識の無い私でもギターとベースでは違う技術が必要な事ぐらい分かります。「あーここは駄目だな」と思いました。ある日、教室のドアを開けるといつもと違う先生がいました。前の先生が事情のため暫くこれないので代わりの先生と言う事でした。

「俺の時これ使わないから」と言って教則本をポーンと投げ「で、山本君はどんな音楽好きなの?」と聴いてきます。ちょっと度肝を抜かれて「え、えーとキング・クリムゾンとかピンク・フロイドとか」とシドロモドロに答えると「おー!凄い!偉い!俺もプログレ好きなんだよ!」と先生は笑いました。その日のレッスンはずっとプログレ話で終わりました。帰り際「多分、君とは長い付き合いになると思うよ。」と言われました。

今まで好きな事を語れる友人は居なかったし大人に話しても「下らない」と一笑に付せられてしまうばかりで「俺の話は誰も聴いてくれない」と思っていた所に現れたこの先生。いや師匠。私はもうすっかり心酔してしまいました。師匠は個人でも音楽レッスンやっていると言う事で師匠がギター教室やめる時、私もやめて師匠に付いていくことに決めました。今思うと師匠、自分の生徒獲得のためギター教室にもぐりこんで生徒を引き抜いたんじゃないかなと思いますw

それから十数年、師匠の下で勉強させてもらったんですがこの時初めて学びの楽しさを知りました。知識が増え、できる事が増える喜び。大抵の事は頑張ってみれば出来るようになる事。音楽理論、演奏技術の他にもジャズやフュージョンといったいままで聴こうとしなかったジャンルを紹介してもらったり、作品を発表したり演奏するときの心構えなど教えていただいた事はキリがありません。今はもう教室をやめて師匠とも疎遠になってしまいましたが、この時期学んだ事は音楽のみならず考え方や人格形成、人生すべてにおいての礎になっています。ありがとうございました。 

音楽の目覚め

中学の頃「爆風スランプ」と言うバンドが流行りまして、ベーシストの江川ほーじんさんという方のスラップベースが凄くカッコよかったんです。憧れて一万円ぐらいの中古のエレキベースを買いました。しかし、弾き方全然分からず、すぐに部屋のオブジェとして埃かぶってる状態になりました。本当ならこのベースこのまま粗大ゴミになる運命だったと思うんですが・・・

高校一年の時、いろいろ拗らせて不登校になりました。両親はどうにか高校行かせようとしましたが、これ以上学校行ったらこちらの精神が持ちそうにもなかったので、なんとか諦めてもらうため暴力事件でも起こそうと考えました。今思うと相当病んでましたね。頭をスキンヘッドに剃り上げて木刀もって「いってきます」と学校に行きました。ちょうどその日水泳大会があって教室に誰もいなかったので事件は起きませんでしたがwしかしこの行動は両親を説得するには十分だったようで高校は無事退学できました。が、なぜかどこから見つけてきたのかとある寺に入れられてしまいました。ビックリです!スキンヘッドにしたからでしょうか? このお寺結構規模がでかくて山全体がお寺。頂上にでっかい寺があって山のあちこちに沢山寺があって小坊主もいっぱいいます。実家がお寺でちゃんと勉強しにきている人もいましたが私のように親の手に負えなくなった悪餓鬼も大勢いました。なんだかまるで少年院のような有様でした。かなーり嫌な状況でしたが面白い事もあってここでビールの味を覚えました。

そんなとき先輩坊主から「おい山本、面白いもん聞かせてやるよ」と一枚のレコード盤を見せられました。ジャケットいっぱいに描かれた苦痛に歪む男の顔。キング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」でした。はじめてこれを聴いたときは本当に衝撃でした。この時の特殊な精神状態や環境のせいもあるかもしれませんがとにかく世界が変わるぐらいの驚き。「俺が妄想していた世界、音楽でロックでやってもいいんだ!」と目から鱗、体全体を覆っていた薄皮がベリベリと剥がれるような感覚。そして「音楽って生半可に出来ない物なんじゃねえの?本気でやんなきゃ駄目なんじゃねえの?」と思いさらに「やりたい!」という気持ちがドッカンと出てきました。そんなこんなでお寺でも問題が起こり半年で追い出され家に帰ってきたわけですが、もう心は決まっています。埃まみれのベースを引っ張り出しました。