作曲はじめました

今日は久々に酒飲みながら更新です。支離滅裂な文章になったらすみません。

師匠の下で勉強始めたころは与えられる情報量が多すぎて、それを処理するのに精一杯でした。でも理論もある程度覚え、ベースもそこそこ弾けるようになってくるとやっぱりやりたいのは作曲。最初は確かラジカセ二台使って多重録音で曲作りしたと思います。当然良いものは出来ません。だって最初からプログレみたいな大作作ろうとしているんですからw 「なんて俺は才能無いんだ」と打ちひしがれてなんか恥ずかしくて音楽聴けなくなっちゃったりしました。そんな時、師匠が「凄くいいシーケンサー出たから買いなよ」とヤマハのQY20を進めて来ました。シーケンサーって言うのはザックリ言うと演奏情報を打ち込む機械でシンセサイザーなどの音源につなぐと自動演奏してくれるというもの。QY20は弁当箱ぐらいの大きさで音源も入っています。これだったら店番しながら出来るぜ!と即買いしました。それから寝ても覚めても仕事中もシーケンサーいじって一曲作りました。題名は「逆さ女」。これは師匠にも好評で完全に自信を取り戻したと言うか調子に乗りました。シーケンサーでガンガン曲を作り始めました。ついでに作詞もやっちゃおうと誰が歌う訳でもないんですが作り始めました。この時出来たのが「鋸引き」「鰯ミサイル」「蟲寄せの歌」などのファーストの曲です。この時期に本格的に曲作りの面白さに目覚めました。

師匠の事

昨晩は子供寝かしつけてたら一緒に寝てしまいました!今日は二個記事書かないとw

さて寺から帰ってきて本気で音楽やろうと決心した訳ですが教則本やタブ譜見ながらベース弾いてても一向に上手くなる気配がなく曲作りなんて夢のまた夢。そこで誰かに教えてもらおうと思いました。当時、ネットなんか無く調べようがなかったので街に貼ってあったギター教室のポスターを頼りにそこに行ってみました。

しかし、そこでもやっている事は教則本を買わされそれを弾いているだけ。自分でやっている事と大して変わりません。教員も「なんでベースなんてやっているの?ギター弾ければベースも弾けるよ」なんて言ってきます。いくら知識の無い私でもギターとベースでは違う技術が必要な事ぐらい分かります。「あーここは駄目だな」と思いました。ある日、教室のドアを開けるといつもと違う先生がいました。前の先生が事情のため暫くこれないので代わりの先生と言う事でした。

「俺の時これ使わないから」と言って教則本をポーンと投げ「で、山本君はどんな音楽好きなの?」と聴いてきます。ちょっと度肝を抜かれて「え、えーとキング・クリムゾンとかピンク・フロイドとか」とシドロモドロに答えると「おー!凄い!偉い!俺もプログレ好きなんだよ!」と先生は笑いました。その日のレッスンはずっとプログレ話で終わりました。帰り際「多分、君とは長い付き合いになると思うよ。」と言われました。

今まで好きな事を語れる友人は居なかったし大人に話しても「下らない」と一笑に付せられてしまうばかりで「俺の話は誰も聴いてくれない」と思っていた所に現れたこの先生。いや師匠。私はもうすっかり心酔してしまいました。師匠は個人でも音楽レッスンやっていると言う事で師匠がギター教室やめる時、私もやめて師匠に付いていくことに決めました。今思うと師匠、自分の生徒獲得のためギター教室にもぐりこんで生徒を引き抜いたんじゃないかなと思いますw

それから十数年、師匠の下で勉強させてもらったんですがこの時初めて学びの楽しさを知りました。知識が増え、できる事が増える喜び。大抵の事は頑張ってみれば出来るようになる事。音楽理論、演奏技術の他にもジャズやフュージョンといったいままで聴こうとしなかったジャンルを紹介してもらったり、作品を発表したり演奏するときの心構えなど教えていただいた事はキリがありません。今はもう教室をやめて師匠とも疎遠になってしまいましたが、この時期学んだ事は音楽のみならず考え方や人格形成、人生すべてにおいての礎になっています。ありがとうございました。 

音楽の目覚め

中学の頃「爆風スランプ」と言うバンドが流行りまして、ベーシストの江川ほーじんさんという方のスラップベースが凄くカッコよかったんです。憧れて一万円ぐらいの中古のエレキベースを買いました。しかし、弾き方全然分からず、すぐに部屋のオブジェとして埃かぶってる状態になりました。本当ならこのベースこのまま粗大ゴミになる運命だったと思うんですが・・・

高校一年の時、いろいろ拗らせて不登校になりました。両親はどうにか高校行かせようとしましたが、これ以上学校行ったらこちらの精神が持ちそうにもなかったので、なんとか諦めてもらうため暴力事件でも起こそうと考えました。今思うと相当病んでましたね。頭をスキンヘッドに剃り上げて木刀もって「いってきます」と学校に行きました。ちょうどその日水泳大会があって教室に誰もいなかったので事件は起きませんでしたがwしかしこの行動は両親を説得するには十分だったようで高校は無事退学できました。が、なぜかどこから見つけてきたのかとある寺に入れられてしまいました。ビックリです!スキンヘッドにしたからでしょうか? このお寺結構規模がでかくて山全体がお寺。頂上にでっかい寺があって山のあちこちに沢山寺があって小坊主もいっぱいいます。実家がお寺でちゃんと勉強しにきている人もいましたが私のように親の手に負えなくなった悪餓鬼も大勢いました。なんだかまるで少年院のような有様でした。かなーり嫌な状況でしたが面白い事もあってここでビールの味を覚えました。

そんなとき先輩坊主から「おい山本、面白いもん聞かせてやるよ」と一枚のレコード盤を見せられました。ジャケットいっぱいに描かれた苦痛に歪む男の顔。キング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」でした。はじめてこれを聴いたときは本当に衝撃でした。この時の特殊な精神状態や環境のせいもあるかもしれませんがとにかく世界が変わるぐらいの驚き。「俺が妄想していた世界、音楽でロックでやってもいいんだ!」と目から鱗、体全体を覆っていた薄皮がベリベリと剥がれるような感覚。そして「音楽って生半可に出来ない物なんじゃねえの?本気でやんなきゃ駄目なんじゃねえの?」と思いさらに「やりたい!」という気持ちがドッカンと出てきました。そんなこんなでお寺でも問題が起こり半年で追い出され家に帰ってきたわけですが、もう心は決まっています。埃まみれのベースを引っ張り出しました。

目、大好き

妻が近所でいい魚屋を見つけたみたいで週末はいつも刺身で一杯やってます。幸せ。

私は子供の頃、友達と遊ぶ事より一人で妄想や空想している方が好きな子供でした。ひたすら怪獣、怪人、妖怪の絵を描いていました。ゴジラやガメラやゴモラのような正統派怪獣も好きでしたがそれより、ジャイアントロボのガンモンスやガンガー、バロム1のドルゲ魔人、アニメ版デビルマンのデーモン一族、バルンガ、ブルトン、プリズ魔、円盤生物といった見ていると不安を覚えるような奴等が大好きで、きっとかなりシュールな絵を描いていたと思います。(母に絵を見られてなに考えているか分からないといわれた事もありますw)

いまでもよく覚えているのはアニメ版デビルマンに出てきた妖獣ガンデェと言う奴でこいつのモチーフは「目」。目玉じゃなく目です。兄一人妹二人の三兄弟でみんな一つ目。合体して兄ちゃんが三つ目になったりします。デザインも実に珍妙で子供の頃見たっきりなんですが強力に記憶に残っています。

あとかなりマイナーなんですが昔「星の子チョビン」って言うアニメがありまして。それにレーダーこうもりってのが出てくるんですがデザインは目にコウモリの羽が生えてるだけ。これが毎回最後に羽をもがれてゴミ箱に捨てられるんですがゴミ箱に大量に捨てられている目が蠢いている訳です。そのシーンが凄く大好きで未だに覚えています。

とにかく私は目が大好きみたいです。ラーの目やプロビデンスの目もデザインとしては好きです。子供に「パパの子供のときが見たい」と言われて幼稚園時代のアルバムを出した事があるんですが写真にまじって折り紙で作った目の工作が貼り付けてありました。三つ子の魂百までと言いますが私の目好きはかなりの物だと思います。

そういえば私が始めて世に出した曲「デストロイのうた」。題材にした敵バンド「サイクロプス」も目を モチーフにした奴らでした。運命を感じますw