お盆戦隊ユウレイジャー

土曜の夜、突然息子が野球チームに体験入団すると言い出して日曜の午前中近所の公園で練習するだけと思っていたら午後の試合も見学したいと言ってお台場まで連れて行くことに。おかげで日曜が一日丸つぶれです。私スポーツ、特に球技には全く興味ないので結構な試練です。

ハイそれでは曲紹介!9の一曲目

「お盆戦隊ユウレイジャー」

先日書いたようにこのアルバムの企画は「二ヶ月で作る」。さすがにジャケット製作やCD焼く作業まで含めて2ヶ月は自信が無かったのでその作業用に一ヶ月見積もって10月頭には告知する事を考えてギリギリの7月から音源製作に入りました。それまではなるべくネタ出しもせず完全に白紙の状態で7月を迎えました。

こんな状態で楽器に向かってもなにか出てくるわけも無く、手っ取り早く足がかりを見つけるため何かの曲を参考にしようと思いました。パッと思いついたのが去年からはまりだした戦隊物です。ネタとしても作りやすいし曲もそれほど苦労しないで作れそう。今回はとにかくスピード勝負なのであまり考えずにそれっぽさを出す事を念頭において一気に作りました。

まだ全シリーズ見た訳ではないのですが今のところ一番好きな戦隊は「侍戦隊シンケンジャー」です。松坂桃李主演ということで有名な戦隊ですがストーリーがめっちゃ熱いです。ラスト付近は泣きそうになりますwそんな「シンケンジャー」主題歌もイカしていて「チャンチャンバラーチャンバラー」という出だし聴くだけで心が燃えてきます。そこでこれのオカルトバージョンを作ろうと。お化けなんだから「ヒュードロドロ」だろうと。ここまで来ればもう後は勢いです。毎度の事ですが生きている人側じゃなくて死んでいる人側の味方になってしまいましたがw

仕事っぽい事していました

昨日は午前中はずっとCD製作、ようやく納品分完成したので午後はあきばお~こく様に納品しにいってきました。自宅が秋葉原とそんなに離れていないので郵送より自分で配達した方が電車賃だけで安く済みます。しかしCD200枚にもなると重いです。これが自分で配達できる限度です。

帰ってきてブログ書こうとPCつけてメール確認してみたら、なんとグーグルアドセンスの審査が通っていました! グーグルアドセンスというのはブログに広告を貼って広告料をもらう、いわゆるアフィリエイトやyoutubeを収益化するのに必要なグーグルのサービスです。このブログの目的「イキグサレで稼ぐ」を考えたとき最初に思いついたのはすでにyoutubeにアップしている動画を収益化することでした。調べてみたらyoutubeでアドセンスのアカウントを製作するとそのアカウントはyoutubeでしか使えないらしく、ブログを作り申請して審査が通ったらyoutube、アフィリエイト両方使えるアカウントを獲得できると言う事。稼ぐ手段は多ければ多いほど良いので後者を選びました。とりあえず一ヶ月ブログを続けて申請してみました。審査通るのは結構厳しいと聴いていたのでダメ元でした。

ところが申請して2日で審査通っちゃいました。まだ全然広告の貼り方や動画収益化の方法調べていません。一日で突貫工事で調べて設定しました。一日PCにかじりついて夜中の三時までかかってしまいました。なんだか無職じゃないときより忙しいです。しかしアフィリエイトもyoutube収益化も今の状況ではお小遣いほども稼げないでしょう。しばらくは収入なしだと思います。でも「稼ごう」としている姿勢を出しておいた方が今後、何かに繋がるんじゃないかと思いますw

余談ですがyoutube収益化してみたら「イキグサレ」と「ステキな呪文」が「収益受け取り対象外」で「地獄委員長」は「動画の内容がほとんどの広告主に適していないと判断」だそうですw

インチキギター

昨日は妻の実家に御呼ばれしてお食事会。なんかしらねーけど子供の日ということでまた玩具買わされました。まあ俺も好きだから良いんですがお片づけするの俺だからなー、これ以上玩具増えるのきつくなってきたなー。

私、しれっとギター弾けるふりしていますが私のギターかなりインチキでギタリストの方から見たら怒られるんじゃないかと思っています。ちゃんと練習した事ないのは勿論、なんと一弦はっていません。ストーンズのキース・リチャーズが六弦はっていないんだから俺も邪魔だからいいやと思い一弦とっちゃいまいた。

私はギターに限らず楽器や機材に無頓着です。メインのベースも二本目に買ったショートスケールのやつをずっと使っています。ヤマハって書いてあるのでヤマハだとは知っていますが型番とか覚えていません。ギターも友達からもらったの使っていたんですが調子悪くなったので練習用の小さいアンプがついて一万円のものを使っています。音源はもう絶版になったQYシリーズのQY70.。作業用PCも最初にかったMac G4が未だに現役です。

いまのところ不具合は無いので買い換える予定は無いんですが、どれもこれも年代物ですから何時ぶっ壊れてもおかしくありません。戦々恐々と使っていますw

ぴーりかぴりららぽぽりなぺーぺると!

今日は一日ずっと五月人形飾っていまいた。疲れた・・・。

私、以前に作曲始めてから音楽聴いてないと言う事を書きましたが実は数年前から一人だけ気になっている作曲家の方がいます。朝、起きてから子供を保育園に送るまで時計代わりにEテレつけているんですが「みいつけた」や「いないいないばあ」や「おかあさんといっしょ」で時々やけにグッと来る、いい曲だなぁと思う曲が流れるときがあって、注意してみていたらどうも私が反応する曲は全部同じ作曲者のよう。調べてみたら郷ひろみの「お嫁サンバ」や初代プリキュアのOPを手がけたベテランの作曲家の方でした。小杉保夫さんという方です。

youtubeやニコニコで探したら新しい物はさすがになかったけど昔の作品は見つかりました。聴いてみるとやっぱりいい。特に「おジャ魔女どれみ」のOPや挿入歌が凄くよくてすっかりお気に入りです。ついでに他の「おジャ魔女どれみ」関係の曲も聴いたんですがこれもまた良くてwついにアニメ本編に興味を持ち始める始末です。しかし四十代のおっさんが女児アニメ見るのはいかがなものかと躊躇していたんですが、なんとか妻や子供を巻き込む事に成功!無事、全話視聴できました。もう最終回付近は涙々ですwいままで色んなアニメ見てきましたが一番好きなTVシリーズになりました。

話がかなり打線しましたが自発的に音楽聴かなくなったかわりに、TVや街中で流れる自然に耳に入ってくる音楽には敏感になっているんじゃないかという話でした。

 

女性ヴォーカル、ゲット!

長男がメソメソ泣きながら「学校行きたくない」と言いだして「イジメか!?」と焦ったんですが、よくよく話し聞いてみたらただの「サザエさん症候群」でした。小学2年でもなるんですね・・・。

今日もまたマンガの二次創作していた時の話なんですが、オフ会で「そこそこ歌に自信があるよ」という女性がいらっしゃいまして。それならばと「是非歌録りお願いします!」と了解を得て女の子が歌うのを前提とした曲を作り始めました。さあ後は歌録りだけだ!と言う段階で諸事情によりその企画はポシャってしまいました。しかし、オケは二曲も作ったし没にするのは嫌だったので何とかできねえかなあと考えた結果、苦肉の策ですね。自分で歌って音程を高くするというのを思いつきました。

テープを早回しすると「ケロケロケロ」と高い声になるじゃないですか。ああいう感じで男声で録音した物を加工すればどうにか女声に出来るんじゃないかと考えたわけです。まず、男声でブリブリに歌って録音してみます。そのままの音声聴く気にならないので音程を加工して聴いてみます。それでも物凄く気持ち悪いです。諦めずに何回か録音しているとある事に気づきました。気合や感情をこめて歌うとどうしても男っぽい所が出てしまうと言う事に。そこで棒立ちになって死んだようにただ音程と歌詞だけを追って歌ってみたら、気持ち悪いは気持ち悪いんですが女性が歌っているように聞こえなくもない?という感じにまで持ってこれました。そしてコーラスを歌詞が聞き取れないギリギリまでかけて、イコライザーいじくりまくって、リバーブ深くかけてみたら、なんとかごまかせるぐらいにはなったんじゃないかと。

ネットにアップしてみたら男が歌っていると気付く人はほとんどいませんでした。 ほっとしたのと同時にあることに気付きます。

「俺、ベース、ギター、ヴォーカル、女性ヴォーカル全部一人で出来るようになったぞ。過去シーケンサーで作った曲、今だったら一人で復活できるじゃん」と。

俺は敬虔なアバル信徒だぜーー!!

今日は土曜日。ずっと子供がいて時間が取れなかったんですが息子は遊びに行き娘は習い事に行きました。この時間が唯一の更新のチャンスです!

「ソードブレイカー」。作者は梅澤春人先生。梅澤先生は「BØY」や「無頼男」などで人気を博したいわゆるヤンキー漫画を得意とする漫画家さんです。しかし連載されていたのは少年ジャンプ。そこに描かれているヤンキーは実に破天荒で狂っていました。暴走族の幹部になぜか熊がいたり、殺人野球を仕掛けてくる野球チーム、大蛇をけしかけてくるお坊ちゃん、硫酸大好きパンクバンドなどなど。そんな梅澤先生の新連載が「ソードブレイカー」でした。なぜかヤンキー漫画ではなくファンタジー漫画です。

読んだ感想は「あー十週打ち切りだな」でした。しかし、一話ではファンタジー漫画なのに敵はヤンキーで異世界に飛んでも出てくる敵兵士や魔人もヤンキー口調。なんだか実に珍妙な読みごたえ。そして2CHのスレを見たら、その珍妙さがネタとして格好の題材でネタ、ネタ、ネタのオンパレード。大爆笑しました。スレの面白さだったらアイシールド21の100倍は面白かったですw よくネタにされている物に前作「無頼男」の敵バンド、サイクロプスがうたう「デストロイーー!!」と叫んでいる歌がありまして「これに曲つけたら大うけするんじゃないかな」とアイデアが出ました。しかしこんなの作るのに付き合ってくれる知人はいません。「じゃあ全部自分でやっちまえ!サイトもつくっちまえーー!」と初ヴォーカル曲作り、始めてネットに曲をアップしました。

局地的でしたが反応は上々、クソ漫画ネタ漫画愛好家界隈では結構話題になりました。気を良くしてドンドン曲を作ってアップしまくり、ネタを求めて早売りジャンプ買ってくる始末。ネタでどうしても女性の声が必要になって声を録音させてくれる女性ゲットするためオフ会開いたりもしました。このオフ会なぜか人が集まるようになって定期的にやるようになりました。私はこのオフ会で声を録音させてくれる女性どころか彼女(現妻)をゲットしましたw

「ソードブレイカー」は案の定十週で打ち切りだったんですが狂騒は収まらず過去作をネタにした曲をバンバン作ります。当時、ジャンプ感想サイトで有名だった「男爵ディーノ」というサイトの管理人、 架神恭介という男が「これのコピーバンドやりたいなー」と言っているのを発見し「じゃあ本物とやろうぜ!」とバンド組みました。この.架神恭介と言う男、一癖も二癖もある奴で現在は作家、漫画原作者として活躍しています。当時頻繁にネットラジオをやっていて私もしょっちゅうゲスト出演していました。みんなで酒飲んでネタ漫画の事を大笑いしているだけなんですが凄く楽しかった。

この時、私は32歳。この年でいきなり青春謳歌してしまいました。とにかく楽しくて楽しくて。でもなんか違うと思ってきました。俺やりたかった事って漫画ネタだったっけか?と。

 

ファンロード知ってる?

さてさてPC買ってDTM始めたんですがバンドは解散、いまいち曲作りのモチベーションも上がらず悶々としていました。で、せっかくPC買ったんだからネットでも見てみるかと思いました。当時流行っていたFLASH作品や2chを一通り見て大笑いした後、気がつきました。「ネットってつまりファンロードなんじゃねえの?」と。

ファンロードと言うのは私が中学の時購読していたアニメ雑誌で、その誌面のほとんどが読者投稿で出来ているというのが特徴です。漫画のパロディや悪ふざけばかりで中学の私は大笑いして読んでいました。投稿が高頻度で掲載される投稿者は常連と呼ばれファンがついたり編集者と台湾にツアー行ったりしてなんだか凄く楽しそうに見えて、自分も漫画描ければこの人たちの仲間になれるのになぁなんて思っていました。この雑誌のノリとネットでみる作品や2CHでの悪ふざけのノリは非常に近いと思いました。漫画やイラストは未だに描けないけど曲は作れるようになりました。なんかやってやろうかなと言う気分が湧いてきました。

そんなとき少年ジャンプで「アイシールド21」の連載が始まりました。読みきり読んだとき村田雄介さんの漫画技術の高さにビックリした記憶があって評判はどうなんだろうと思って2CHのスレを覗いてみました。ついでに同時期始まった「ソードブレイカー」という漫画のスレも見てみたんですが・・・。続きは明日で!

ポップで行こう!

自分の時間、取れるようになって来ました!まずは、あきばお~こく様から追加発注された分のCD製作しなくては。暫くCD焼くのとブックレット製作に精を出します!

作曲始めたころバンドもやっていました。兄弟子のギタリストの方と同じく兄弟子の軽く障害があるヴォーカル志望の男性。その男性の知り合いのドラマーというメンバーでぶっちゃけヴォーカル曲は何ともいえない感じだったんですがスタジオではジャムセッションが主で楽器演奏の面ではいい修行になりました。「ウェザーリポート」の「ティーンタウン」やジャコの「ザ・チキン」なんて弾いてたんですから、ベーシストとしてはこの頃が一番上手かったと思います。

あるときギタリストが女性を連れてきました。職場の同僚でバンドに興味があるという事でした。その人と意気投合して別バンド立ち上げました。とはいってもその方はまったくの初心者でギター経験も浅いです。しかし度胸とパワーが凄かったのでなんとかなるだろうと。女性とバンド組めるなんてそうそうないですからね!そして私にはある野望が。自作曲でバンドやると言う事です。いきなりプログレ的な曲は難しいと考え狙うはニューウェーブ。XTCのような歪んだポップで行こうと決めました。

このとき初めてギターに向き合いました。「俺はベーシストだから関係ないね」と思っていたんですが、曲を作り初心者でも弾けるような簡単な運指で弾ける様にアレンジし、なおかつハーモニー的にもダサくならないようにする。そんな作業していたら「あれ?俺ギター弾けるじゃん」となりましたw ソロは未だに下手だなと思うんですがカッティングはやっていて楽しいしベースでつちかったビート感を生かせて結構いい感じなんじゃないかなと。

このバンドは私的には成功でした。気に入った曲も幾つか出来たしライブも出来たし。そして女性ヴォーカル曲を作るのが凄く楽しくなりました。いままでプログレ野郎で大作思考だったのが、一見軽く聞こえるポップに毒や怒りを混ぜるやり方が面白くて。後、生楽器で曲を作る楽しさ。MIDIで電子音だけ扱っているより断然楽しい。曲作りの機材をシーケンサーからカセットを使うMTR〈マルチトラックレコーダー)に変えました。しかしそれでも物足りずついにMacを購入しました。DTMデビューです。次の企画はシーケンサーで作った過去曲を生楽器で作り直して歌を入れて貰うというものでした。しかし「鋸引き」録音したところで諸事情によりバンドは解散。心残りがある結果になりました。

しかしこの企画が上手く行っていたらイキグサレで発表するはずの曲がこのバンド名義になっていたんですよね。なんだか感慨深いです。ちなみにこの時録音した「鋸引き」のテイクのオケはファーストの物と同じですw

作曲はじめました

今日は久々に酒飲みながら更新です。支離滅裂な文章になったらすみません。

師匠の下で勉強始めたころは与えられる情報量が多すぎて、それを処理するのに精一杯でした。でも理論もある程度覚え、ベースもそこそこ弾けるようになってくるとやっぱりやりたいのは作曲。最初は確かラジカセ二台使って多重録音で曲作りしたと思います。当然良いものは出来ません。だって最初からプログレみたいな大作作ろうとしているんですからw 「なんて俺は才能無いんだ」と打ちひしがれてなんか恥ずかしくて音楽聴けなくなっちゃったりしました。そんな時、師匠が「凄くいいシーケンサー出たから買いなよ」とヤマハのQY20を進めて来ました。シーケンサーって言うのはザックリ言うと演奏情報を打ち込む機械でシンセサイザーなどの音源につなぐと自動演奏してくれるというもの。QY20は弁当箱ぐらいの大きさで音源も入っています。これだったら店番しながら出来るぜ!と即買いしました。それから寝ても覚めても仕事中もシーケンサーいじって一曲作りました。題名は「逆さ女」。これは師匠にも好評で完全に自信を取り戻したと言うか調子に乗りました。シーケンサーでガンガン曲を作り始めました。ついでに作詞もやっちゃおうと誰が歌う訳でもないんですが作り始めました。この時出来たのが「鋸引き」「鰯ミサイル」「蟲寄せの歌」などのファーストの曲です。この時期に本格的に曲作りの面白さに目覚めました。

師匠の事

昨晩は子供寝かしつけてたら一緒に寝てしまいました!今日は二個記事書かないとw

さて寺から帰ってきて本気で音楽やろうと決心した訳ですが教則本やタブ譜見ながらベース弾いてても一向に上手くなる気配がなく曲作りなんて夢のまた夢。そこで誰かに教えてもらおうと思いました。当時、ネットなんか無く調べようがなかったので街に貼ってあったギター教室のポスターを頼りにそこに行ってみました。

しかし、そこでもやっている事は教則本を買わされそれを弾いているだけ。自分でやっている事と大して変わりません。教員も「なんでベースなんてやっているの?ギター弾ければベースも弾けるよ」なんて言ってきます。いくら知識の無い私でもギターとベースでは違う技術が必要な事ぐらい分かります。「あーここは駄目だな」と思いました。ある日、教室のドアを開けるといつもと違う先生がいました。前の先生が事情のため暫くこれないので代わりの先生と言う事でした。

「俺の時これ使わないから」と言って教則本をポーンと投げ「で、山本君はどんな音楽好きなの?」と聴いてきます。ちょっと度肝を抜かれて「え、えーとキング・クリムゾンとかピンク・フロイドとか」とシドロモドロに答えると「おー!凄い!偉い!俺もプログレ好きなんだよ!」と先生は笑いました。その日のレッスンはずっとプログレ話で終わりました。帰り際「多分、君とは長い付き合いになると思うよ。」と言われました。

今まで好きな事を語れる友人は居なかったし大人に話しても「下らない」と一笑に付せられてしまうばかりで「俺の話は誰も聴いてくれない」と思っていた所に現れたこの先生。いや師匠。私はもうすっかり心酔してしまいました。師匠は個人でも音楽レッスンやっていると言う事で師匠がギター教室やめる時、私もやめて師匠に付いていくことに決めました。今思うと師匠、自分の生徒獲得のためギター教室にもぐりこんで生徒を引き抜いたんじゃないかなと思いますw

それから十数年、師匠の下で勉強させてもらったんですがこの時初めて学びの楽しさを知りました。知識が増え、できる事が増える喜び。大抵の事は頑張ってみれば出来るようになる事。音楽理論、演奏技術の他にもジャズやフュージョンといったいままで聴こうとしなかったジャンルを紹介してもらったり、作品を発表したり演奏するときの心構えなど教えていただいた事はキリがありません。今はもう教室をやめて師匠とも疎遠になってしまいましたが、この時期学んだ事は音楽のみならず考え方や人格形成、人生すべてにおいての礎になっています。ありがとうございました。