女性ヴォーカル、ゲット!

長男がメソメソ泣きながら「学校行きたくない」と言いだして「イジメか!?」と焦ったんですが、よくよく話し聞いてみたらただの「サザエさん症候群」でした。小学2年でもなるんですね・・・。

今日もまたマンガの二次創作していた時の話なんですが、オフ会で「そこそこ歌に自信があるよ」という女性がいらっしゃいまして。それならばと「是非歌録りお願いします!」と了解を得て女の子が歌うのを前提とした曲を作り始めました。さあ後は歌録りだけだ!と言う段階で諸事情によりその企画はポシャってしまいました。しかし、オケは二曲も作ったし没にするのは嫌だったので何とかできねえかなあと考えた結果、苦肉の策ですね。自分で歌って音程を高くするというのを思いつきました。

テープを早回しすると「ケロケロケロ」と高い声になるじゃないですか。ああいう感じで男声で録音した物を加工すればどうにか女声に出来るんじゃないかと考えたわけです。まず、男声でブリブリに歌って録音してみます。そのままの音声聴く気にならないので音程を加工して聴いてみます。それでも物凄く気持ち悪いです。諦めずに何回か録音しているとある事に気づきました。気合や感情をこめて歌うとどうしても男っぽい所が出てしまうと言う事に。そこで棒立ちになって死んだようにただ音程と歌詞だけを追って歌ってみたら、気持ち悪いは気持ち悪いんですが女性が歌っているように聞こえなくもない?という感じにまで持ってこれました。そしてコーラスを歌詞が聞き取れないギリギリまでかけて、イコライザーいじくりまくって、リバーブ深くかけてみたら、なんとかごまかせるぐらいにはなったんじゃないかと。

ネットにアップしてみたら男が歌っていると気付く人はほとんどいませんでした。 ほっとしたのと同時にあることに気付きます。

「俺、ベース、ギター、ヴォーカル、女性ヴォーカル全部一人で出来るようになったぞ。過去シーケンサーで作った曲、今だったら一人で復活できるじゃん」と。

俺は敬虔なアバル信徒だぜーー!!

今日は土曜日。ずっと子供がいて時間が取れなかったんですが息子は遊びに行き娘は習い事に行きました。この時間が唯一の更新のチャンスです!

「ソードブレイカー」。作者は梅澤春人先生。梅澤先生は「BØY」や「無頼男」などで人気を博したいわゆるヤンキー漫画を得意とする漫画家さんです。しかし連載されていたのは少年ジャンプ。そこに描かれているヤンキーは実に破天荒で狂っていました。暴走族の幹部になぜか熊がいたり、殺人野球を仕掛けてくる野球チーム、大蛇をけしかけてくるお坊ちゃん、硫酸大好きパンクバンドなどなど。そんな梅澤先生の新連載が「ソードブレイカー」でした。なぜかヤンキー漫画ではなくファンタジー漫画です。

読んだ感想は「あー十週打ち切りだな」でした。しかし、一話ではファンタジー漫画なのに敵はヤンキーで異世界に飛んでも出てくる敵兵士や魔人もヤンキー口調。なんだか実に珍妙な読みごたえ。そして2CHのスレを見たら、その珍妙さがネタとして格好の題材でネタ、ネタ、ネタのオンパレード。大爆笑しました。スレの面白さだったらアイシールド21の100倍は面白かったですw よくネタにされている物に前作「無頼男」の敵バンド、サイクロプスがうたう「デストロイーー!!」と叫んでいる歌がありまして「これに曲つけたら大うけするんじゃないかな」とアイデアが出ました。しかしこんなの作るのに付き合ってくれる知人はいません。「じゃあ全部自分でやっちまえ!サイトもつくっちまえーー!」と初ヴォーカル曲作り、始めてネットに曲をアップしました。

局地的でしたが反応は上々、クソ漫画ネタ漫画愛好家界隈では結構話題になりました。気を良くしてドンドン曲を作ってアップしまくり、ネタを求めて早売りジャンプ買ってくる始末。ネタでどうしても女性の声が必要になって声を録音させてくれる女性ゲットするためオフ会開いたりもしました。このオフ会なぜか人が集まるようになって定期的にやるようになりました。私はこのオフ会で声を録音させてくれる女性どころか彼女(現妻)をゲットしましたw

「ソードブレイカー」は案の定十週で打ち切りだったんですが狂騒は収まらず過去作をネタにした曲をバンバン作ります。当時、ジャンプ感想サイトで有名だった「男爵ディーノ」というサイトの管理人、 架神恭介という男が「これのコピーバンドやりたいなー」と言っているのを発見し「じゃあ本物とやろうぜ!」とバンド組みました。この.架神恭介と言う男、一癖も二癖もある奴で現在は作家、漫画原作者として活躍しています。当時頻繁にネットラジオをやっていて私もしょっちゅうゲスト出演していました。みんなで酒飲んでネタ漫画の事を大笑いしているだけなんですが凄く楽しかった。

この時、私は32歳。この年でいきなり青春謳歌してしまいました。とにかく楽しくて楽しくて。でもなんか違うと思ってきました。俺やりたかった事って漫画ネタだったっけか?と。

 

ファンロード知ってる?

さてさてPC買ってDTM始めたんですがバンドは解散、いまいち曲作りのモチベーションも上がらず悶々としていました。で、せっかくPC買ったんだからネットでも見てみるかと思いました。当時流行っていたFLASH作品や2chを一通り見て大笑いした後、気がつきました。「ネットってつまりファンロードなんじゃねえの?」と。

ファンロードと言うのは私が中学の時購読していたアニメ雑誌で、その誌面のほとんどが読者投稿で出来ているというのが特徴です。漫画のパロディや悪ふざけばかりで中学の私は大笑いして読んでいました。投稿が高頻度で掲載される投稿者は常連と呼ばれファンがついたり編集者と台湾にツアー行ったりしてなんだか凄く楽しそうに見えて、自分も漫画描ければこの人たちの仲間になれるのになぁなんて思っていました。この雑誌のノリとネットでみる作品や2CHでの悪ふざけのノリは非常に近いと思いました。漫画やイラストは未だに描けないけど曲は作れるようになりました。なんかやってやろうかなと言う気分が湧いてきました。

そんなとき少年ジャンプで「アイシールド21」の連載が始まりました。読みきり読んだとき村田雄介さんの漫画技術の高さにビックリした記憶があって評判はどうなんだろうと思って2CHのスレを覗いてみました。ついでに同時期始まった「ソードブレイカー」という漫画のスレも見てみたんですが・・・。続きは明日で!

ポップで行こう!

自分の時間、取れるようになって来ました!まずは、あきばお~こく様から追加発注された分のCD製作しなくては。暫くCD焼くのとブックレット製作に精を出します!

作曲始めたころバンドもやっていました。兄弟子のギタリストの方と同じく兄弟子の軽く障害があるヴォーカル志望の男性。その男性の知り合いのドラマーというメンバーでぶっちゃけヴォーカル曲は何ともいえない感じだったんですがスタジオではジャムセッションが主で楽器演奏の面ではいい修行になりました。「ウェザーリポート」の「ティーンタウン」やジャコの「ザ・チキン」なんて弾いてたんですから、ベーシストとしてはこの頃が一番上手かったと思います。

あるときギタリストが女性を連れてきました。職場の同僚でバンドに興味があるという事でした。その人と意気投合して別バンド立ち上げました。とはいってもその方はまったくの初心者でギター経験も浅いです。しかし度胸とパワーが凄かったのでなんとかなるだろうと。女性とバンド組めるなんてそうそうないですからね!そして私にはある野望が。自作曲でバンドやると言う事です。いきなりプログレ的な曲は難しいと考え狙うはニューウェーブ。XTCのような歪んだポップで行こうと決めました。

このとき初めてギターに向き合いました。「俺はベーシストだから関係ないね」と思っていたんですが、曲を作り初心者でも弾けるような簡単な運指で弾ける様にアレンジし、なおかつハーモニー的にもダサくならないようにする。そんな作業していたら「あれ?俺ギター弾けるじゃん」となりましたw ソロは未だに下手だなと思うんですがカッティングはやっていて楽しいしベースでつちかったビート感を生かせて結構いい感じなんじゃないかなと。

このバンドは私的には成功でした。気に入った曲も幾つか出来たしライブも出来たし。そして女性ヴォーカル曲を作るのが凄く楽しくなりました。いままでプログレ野郎で大作思考だったのが、一見軽く聞こえるポップに毒や怒りを混ぜるやり方が面白くて。後、生楽器で曲を作る楽しさ。MIDIで電子音だけ扱っているより断然楽しい。曲作りの機材をシーケンサーからカセットを使うMTR〈マルチトラックレコーダー)に変えました。しかしそれでも物足りずついにMacを購入しました。DTMデビューです。次の企画はシーケンサーで作った過去曲を生楽器で作り直して歌を入れて貰うというものでした。しかし「鋸引き」録音したところで諸事情によりバンドは解散。心残りがある結果になりました。

しかしこの企画が上手く行っていたらイキグサレで発表するはずの曲がこのバンド名義になっていたんですよね。なんだか感慨深いです。ちなみにこの時録音した「鋸引き」のテイクのオケはファーストの物と同じですw

作曲はじめました

今日は久々に酒飲みながら更新です。支離滅裂な文章になったらすみません。

師匠の下で勉強始めたころは与えられる情報量が多すぎて、それを処理するのに精一杯でした。でも理論もある程度覚え、ベースもそこそこ弾けるようになってくるとやっぱりやりたいのは作曲。最初は確かラジカセ二台使って多重録音で曲作りしたと思います。当然良いものは出来ません。だって最初からプログレみたいな大作作ろうとしているんですからw 「なんて俺は才能無いんだ」と打ちひしがれてなんか恥ずかしくて音楽聴けなくなっちゃったりしました。そんな時、師匠が「凄くいいシーケンサー出たから買いなよ」とヤマハのQY20を進めて来ました。シーケンサーって言うのはザックリ言うと演奏情報を打ち込む機械でシンセサイザーなどの音源につなぐと自動演奏してくれるというもの。QY20は弁当箱ぐらいの大きさで音源も入っています。これだったら店番しながら出来るぜ!と即買いしました。それから寝ても覚めても仕事中もシーケンサーいじって一曲作りました。題名は「逆さ女」。これは師匠にも好評で完全に自信を取り戻したと言うか調子に乗りました。シーケンサーでガンガン曲を作り始めました。ついでに作詞もやっちゃおうと誰が歌う訳でもないんですが作り始めました。この時出来たのが「鋸引き」「鰯ミサイル」「蟲寄せの歌」などのファーストの曲です。この時期に本格的に曲作りの面白さに目覚めました。

師匠の事

昨晩は子供寝かしつけてたら一緒に寝てしまいました!今日は二個記事書かないとw

さて寺から帰ってきて本気で音楽やろうと決心した訳ですが教則本やタブ譜見ながらベース弾いてても一向に上手くなる気配がなく曲作りなんて夢のまた夢。そこで誰かに教えてもらおうと思いました。当時、ネットなんか無く調べようがなかったので街に貼ってあったギター教室のポスターを頼りにそこに行ってみました。

しかし、そこでもやっている事は教則本を買わされそれを弾いているだけ。自分でやっている事と大して変わりません。教員も「なんでベースなんてやっているの?ギター弾ければベースも弾けるよ」なんて言ってきます。いくら知識の無い私でもギターとベースでは違う技術が必要な事ぐらい分かります。「あーここは駄目だな」と思いました。ある日、教室のドアを開けるといつもと違う先生がいました。前の先生が事情のため暫くこれないので代わりの先生と言う事でした。

「俺の時これ使わないから」と言って教則本をポーンと投げ「で、山本君はどんな音楽好きなの?」と聴いてきます。ちょっと度肝を抜かれて「え、えーとキング・クリムゾンとかピンク・フロイドとか」とシドロモドロに答えると「おー!凄い!偉い!俺もプログレ好きなんだよ!」と先生は笑いました。その日のレッスンはずっとプログレ話で終わりました。帰り際「多分、君とは長い付き合いになると思うよ。」と言われました。

今まで好きな事を語れる友人は居なかったし大人に話しても「下らない」と一笑に付せられてしまうばかりで「俺の話は誰も聴いてくれない」と思っていた所に現れたこの先生。いや師匠。私はもうすっかり心酔してしまいました。師匠は個人でも音楽レッスンやっていると言う事で師匠がギター教室やめる時、私もやめて師匠に付いていくことに決めました。今思うと師匠、自分の生徒獲得のためギター教室にもぐりこんで生徒を引き抜いたんじゃないかなと思いますw

それから十数年、師匠の下で勉強させてもらったんですがこの時初めて学びの楽しさを知りました。知識が増え、できる事が増える喜び。大抵の事は頑張ってみれば出来るようになる事。音楽理論、演奏技術の他にもジャズやフュージョンといったいままで聴こうとしなかったジャンルを紹介してもらったり、作品を発表したり演奏するときの心構えなど教えていただいた事はキリがありません。今はもう教室をやめて師匠とも疎遠になってしまいましたが、この時期学んだ事は音楽のみならず考え方や人格形成、人生すべてにおいての礎になっています。ありがとうございました。 

音楽の目覚め

中学の頃「爆風スランプ」と言うバンドが流行りまして、ベーシストの江川ほーじんさんという方のスラップベースが凄くカッコよかったんです。憧れて一万円ぐらいの中古のエレキベースを買いました。しかし、弾き方全然分からず、すぐに部屋のオブジェとして埃かぶってる状態になりました。本当ならこのベースこのまま粗大ゴミになる運命だったと思うんですが・・・

高校一年の時、いろいろ拗らせて不登校になりました。両親はどうにか高校行かせようとしましたが、これ以上学校行ったらこちらの精神が持ちそうにもなかったので、なんとか諦めてもらうため暴力事件でも起こそうと考えました。今思うと相当病んでましたね。頭をスキンヘッドに剃り上げて木刀もって「いってきます」と学校に行きました。ちょうどその日水泳大会があって教室に誰もいなかったので事件は起きませんでしたがwしかしこの行動は両親を説得するには十分だったようで高校は無事退学できました。が、なぜかどこから見つけてきたのかとある寺に入れられてしまいました。ビックリです!スキンヘッドにしたからでしょうか? このお寺結構規模がでかくて山全体がお寺。頂上にでっかい寺があって山のあちこちに沢山寺があって小坊主もいっぱいいます。実家がお寺でちゃんと勉強しにきている人もいましたが私のように親の手に負えなくなった悪餓鬼も大勢いました。なんだかまるで少年院のような有様でした。かなーり嫌な状況でしたが面白い事もあってここでビールの味を覚えました。

そんなとき先輩坊主から「おい山本、面白いもん聞かせてやるよ」と一枚のレコード盤を見せられました。ジャケットいっぱいに描かれた苦痛に歪む男の顔。キング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」でした。はじめてこれを聴いたときは本当に衝撃でした。この時の特殊な精神状態や環境のせいもあるかもしれませんがとにかく世界が変わるぐらいの驚き。「俺が妄想していた世界、音楽でロックでやってもいいんだ!」と目から鱗、体全体を覆っていた薄皮がベリベリと剥がれるような感覚。そして「音楽って生半可に出来ない物なんじゃねえの?本気でやんなきゃ駄目なんじゃねえの?」と思いさらに「やりたい!」という気持ちがドッカンと出てきました。そんなこんなでお寺でも問題が起こり半年で追い出され家に帰ってきたわけですが、もう心は決まっています。埃まみれのベースを引っ張り出しました。

目、大好き

妻が近所でいい魚屋を見つけたみたいで週末はいつも刺身で一杯やってます。幸せ。

私は子供の頃、友達と遊ぶ事より一人で妄想や空想している方が好きな子供でした。ひたすら怪獣、怪人、妖怪の絵を描いていました。ゴジラやガメラやゴモラのような正統派怪獣も好きでしたがそれより、ジャイアントロボのガンモンスやガンガー、バロム1のドルゲ魔人、アニメ版デビルマンのデーモン一族、バルンガ、ブルトン、プリズ魔、円盤生物といった見ていると不安を覚えるような奴等が大好きで、きっとかなりシュールな絵を描いていたと思います。(母に絵を見られてなに考えているか分からないといわれた事もありますw)

いまでもよく覚えているのはアニメ版デビルマンに出てきた妖獣ガンデェと言う奴でこいつのモチーフは「目」。目玉じゃなく目です。兄一人妹二人の三兄弟でみんな一つ目。合体して兄ちゃんが三つ目になったりします。デザインも実に珍妙で子供の頃見たっきりなんですが強力に記憶に残っています。

あとかなりマイナーなんですが昔「星の子チョビン」って言うアニメがありまして。それにレーダーこうもりってのが出てくるんですがデザインは目にコウモリの羽が生えてるだけ。これが毎回最後に羽をもがれてゴミ箱に捨てられるんですがゴミ箱に大量に捨てられている目が蠢いている訳です。そのシーンが凄く大好きで未だに覚えています。

とにかく私は目が大好きみたいです。ラーの目やプロビデンスの目もデザインとしては好きです。子供に「パパの子供のときが見たい」と言われて幼稚園時代のアルバムを出した事があるんですが写真にまじって折り紙で作った目の工作が貼り付けてありました。三つ子の魂百までと言いますが私の目好きはかなりの物だと思います。

そういえば私が始めて世に出した曲「デストロイのうた」。題材にした敵バンド「サイクロプス」も目を モチーフにした奴らでした。運命を感じますw